2018年神人靈媒日記
【神人靈媒日記】 2018.1.25
〜悪しき霊感者に見受けられる100の傾向〜
*以下をご覧頂き、当てはまる点が多ければ多いほど要注意です!一つ二つ当てはまるからといって悪ということではありませんので、予め御注意下さい。
悪魔悪霊の教えに洗脳されしもべとなっている人、悪霊に憑依されて思考・感情操作され自分自身でも気付いていないという人もいますので、よく見極めることが大切です。
騙されるのは、騙されるだけの因果・学びでもあり、騙される側にも靈や人を見極めるだけの力が足りていないということでもあります。
ですから見極めるための正しい知識を持ちましょう。詐欺師(嘘つき/偽善者)は、人であれ霊であれ必ず善の仮面を被って成り済ましており、演出に長けておりとてもずる賢いものです。※猜疑心が強いということと真偽を見極めるように努めるということとは全く意味が異なります。自他共に真偽を理解しながら歩むために、是非照らし合わせてみて下さい。
自身が当てはまる点が多いと思われる場合は、浄靈浄化すること、生き方や考え方を顧み、改善に努めることをお薦めいたします。
2018.1.25 神人 拝
・自分の守護靈や指導靈と対話できない
・相手の指導靈や近親靈と対話できない
・審神(さにわ)=真偽を問うことをしない
・自分の思い込みを霊視やお告げと言う
・自分を顧みず人の所為にすることが多い
・人を自分に依存させる
・嘘や誇張が多い
・徐々に高額な金品を要求する
・儀式事や決め事が多い
・不和不幸を先祖靈の所為にする
・先祖供養を要求する
・神靈に隷属化させる
・神靈の言葉として偽る
・神靈の祟りの所為にする
・神靈人を正しく理解していない
・御利益をうたい高額で霊感商法している
・地に足が着いていない生き方をしている
・他者とのコミュニケーションが良くない
・喜怒哀楽が非常に激しい
・過去のトラウマを清算できていない
・非常に悲観的である=悪気陰気
・非常に楽観的である=無謀無責任
・他者の悪口が多い
・権力者や有名人を好む
・オカルト映画や暴力的なものを好む
・終末思想や悪しき予言を好む
・空気を読むことができない
・見合わないことをしている
・経済的に貧しい=借金が多い
・お金や時間を持て余している
・親や家族の財産を使い遊んでいる
・高価なものを身につけたがる
・物欲が強い
・色欲が乱れている
・身体を苦しめ大切にしていない
・生命を大切にしていない
・家族を大切にしていない
・社会貢献やボランティア活動に興味がない
・綺麗ごとばかり口にする
・世の中の表と裏を理解しようとしない
・不自然な言動や行動が多い
・超能力を見せつける
・超能力や霊能力を高額で売る
・誰もが霊能者になれると誘う
・高額なお金で霊能力や肩書きを得ている
・色々な占いに依存している
・善人を装うことが多い
・心理学(催眠術や深層心理)を熟知している
・靈的な経験値が乏しい
・社会的な経験値が低い
・精神世界の本や記事を読み漁っている
・本からの知識だけで話すことが多い
・他者の言葉を真似ていることが多い
・他の靈能者の予言を受け売りする
・経歴や肩書きをひけらかす
・有名人の名前をちらつかせる
・裏で人に呪いをかけている
・神社仏閣の札や物が多く飾られている
・素直に感謝や謝罪することができない
・人から借りたお金や物を返さない
・肉食や飽食を好む
・人の話を聞かず押し付けがましい
・盗み聞きや盗み見が多い
・自己顕示欲がとても強い
・有名になりたいと思っている
・思い込みや思い癖が強い
・自分は特別な存在だと思っている
(神の使者・他星からの使者・有名人の生まれ変わり・天使/菩薩/明王/天部/龍神の化身など…)
・社会的に自立出来ていない
・魔的なモノを好む(衣食住色形人…)
・競い合いや争いごとを好む
・悪質な霊に憑依されている人相
・話し方や動き方が挙動不審である
・前世の話が多く現実的ではない
・宗教の教えに染まっている
・相手の行動を限定し束縛しようとする
・除霊を急かし金品を要求する
・霊の言葉を神のお告げと言う
・無許可で他者の物を販売する
・求めていないのに霊視して言う
・麻薬を使っている
・犯罪歴がある
・強い劣等感を持っている
・ツインソウルやツインレイと言い騙す
・過去世では家族や恋人だと言い寄る
・メールや電話など連絡が多い
・計画的に偶然を装い現われる
・周囲に良き人間関係が見受けられない
・家族関係が良くない
・容姿の印象が強過ぎる
・周囲を取り囲み隷属化する
・霊能者に憧れて霊能者になった
・目や眼つきが怪しい
・体臭や香水など臭いが良くない
・神社仏閣聖地巡りに固執している
・引きこもりである
・部屋を片付けられない
・大口や偉そうなことばかり言う
・自分の思考を正しく見極められない
・自分ことを顧みず人のあら探しを好む
・過ぎる行為が多く自己管理が出来ていない
facebook:神人(かみひと)
【神人靈媒日記】 2018.2.22
日の大神御靈(ひのおおかみおんたま)
祓え給え(はらえたまえ)
浄め給え(きよめたまえ)
守り給え(まもりたまえ)
幸え給え(さきわえたまえ)
繰り返し奏上することで
太陽神靈団(太陽靈人)の御加護を得られます。
太陽を見ながら、太陽の写真を見ながら
太陽を思い描きながら奏上すると
細やかな浄靈浄化をして下さる。
太古より世界中の人々は
太陽を直接見て拝んでいました。
すべての生命体は太陽神に生かされていることを
理解し感謝していたからです=太陽信仰
国家神道の総本山である伊勢神宮に祀られている
天照皇大神とは太陽神のことではなく
昔々に生きていた皇族の人靈の総称
=天照大日孁貴(あまてらすおおひるめのむち)等の歴代の天照○○です。
国家神道とは、明治新政府が神社神道と皇室神道を結びつけて作り出したものです。(※社が神社と呼ばれ始めたのは明治政府の指導によるものです)宗教としての神道を国家本位の立場で利用し、神道を国民精神のよりどころとさせ、行政的措置によって国家が監督し、国民に天皇崇拝と神社信仰(古来からの権力者と一族の靈を祀る)を義務づけるといった洗脳教育を行なった名残りが現代も継続しているのです。
2018.2.22 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.3.2
神様によって魂がふたつに分けられて男女が創られ、魂の片割れがこの世には存在しており、魂の片割れに出逢うことが目的です。というような話を海外の方々が共通して仰っておられるようですが、それには疑問を感じます…。
その話は真実なのでしょうか?もしかしたら、一部の宗教団体にとって都合良く作られた嘘の話が、ひとり歩きしているものなのではないでしょうか?魂はふたつに分かれていませんし、男女はそのようにして作られた⁉︎という経緯もございません。
性別とは肉体における生殖器の違いであり、靈体には生殖器がないため初めから性別はございません。靈エネルギー体の質の違いがあるのみです
強い弱いや優しい冷たいという性質の違いを、男性的・女性的と表現をされることもありますが、エネルギーの質の違いを性別で例えて言うことは、男女差別と変わらず相応しい表現ではありません。
未浄化靈の場合は肉体の姿をまといますが、浄化靈は球体や煙状の顕れとなることが多く、肉体人に対して人型で現れることは、生前の姿を見せなければならない何らかの理由がない限りはほとんどありません。エネルギー体ですから、靈体には男女の性別は初めからないのです。魂とは、靈体=エネルギー体=意識体です。意識体は単体意識体と集合意識体とがあり、わたしたちはみんな単体意識と集合意識の複合体として存在しています。ですから個としてだけの魂は存在しません。
魂がふたつに分けられたというのは、おそらく聖書で言われているアダムとイブの影響か何かが、色濃く反映されたものと推測できます。
魂同士の関係というのは、数ある過去生においてどのようにお互いが関わったか?縁が深いか浅いか?という因果関係があるだけなのです。
「あなたとわたしの関係は○○○です。やっと巡り会えました!」といった、ツインソウルやツインレイ、過去世では○○、等を語る詐欺やナンパ、マインドコントロールには、皆様くれぐれもご注意下さい。2018.3.2 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.3.3
伊勢神宮とは125宮の総称ですが、中でも内宮と外宮のふたつは特に有名です。内宮と言われる皇大神宮は、第11代垂仁天皇によって創建されておりますが、皇女・倭姫の巡行の末、靈聴に従い御神体とされる八咫鏡が現在の内宮に安置され、御祭神を天照坐皇大御神ということになっております。三種の神器のひとつ八咫鏡に関しては現在も存在するものなのかどうか?専門家の間では真偽が問われてもいますが、未だに定かではありません。また明治時代になるまで歴代天皇が誰も内宮へ参拝に来られたことがないにも関わらず、すべての神社の頂点とされていることもまたひとつ疑問視されるところです…。
伊勢参拝が庶民のブームとなったのは、比較的歴史は浅く江戸時代からで、20年に一度の式年遷宮(神を新しい社殿にうつす神事である遷御の儀が行われる)の度に人気を集めてきていますが、当時の伊勢は参拝をかねた娯楽街としてもとても有名で、街はかなり盛えていたという歴史があり、東の吉原、西の伊勢と一度は行きたい場所としても知れ渡っていたそうです。
さて、今から10年近く前の2008年12月に三重県伊勢市にてライブを主催して頂いた際、快晴の翌朝、十数名で参拝することになり、伊勢内宮に伺わせて頂きました。ひと通り参拝を済ませて五十鈴川を眺め参道を皆様と共に歩いていると、何気ない場所でとある靈人が私に声を掛けてこられました。
靈「あなたにお話したいことがあるのですが宜しいですか?」
私:「はい、どうぞ」
靈「あなたは何をなされていらしたのですか?」
私「わたしは神社を参拝し廻って来ました」
靈「何のために社を廻られて来られたのですか?」
私「…?」
靈「社にはどなたかおられましたか?」
私「古い時代の神主のご靈人がご挨拶なされました」
靈「この地はかつてこのように社が建ち並ぶような場所ではございませんでした。わたしたちは、昔この地にて平和に暮らしておりました。山や川や海の恵みをたくさん頂き、天地(あめつち)の自然の神々に日々感謝を申し上げ、祖靈たちの教えを伺いながら祀りいたし、みんなで助け合い共に暮らしていたのです。祖靈はわたしたちに仰りました。“この地に来られる方々すべてに対して、食べ物や飲み物を無償で惜しげなく与えなさい。そして唄い舞いみんなを喜ばせ大切にもてなしなさい。そうすれば末代まで平和が護られることでしょう” そして、わたしたちはその教えに従い今に至るのです。」
靈「あなたは真実をお知りになられておられる方です。ですからどうか皆様に真実をお伝え下さいませ。かつてこの地には社などありませんでした。すべて後から来た人たちが造っていったものなのです。わたしたちはこの地から離れなければならなくさせられたのです」
私「こちらはあなた方が先祖の代からずっと住んでいた場所なのですね。事情は分かりました」
靈「あなたがもし真実をお伝え下さるのであれば、わたしたちはみなでお力添えさせて頂きます」
私「あなたはどちら様ですか?」
靈「わたしはサルメと申します」
私「サルメ?」
靈「ではまたお越し下さいませ」
私「ご縁に感謝申し上げます。ありがとうございました」
その日の夜、この旨を御参加された方々にお伝えさせて頂きましたが、皆様驚かれている様子でした。
そして数ヶ月後、偶然にもTVをつけてみると、伊勢神宮の特集番組が流れており、広報担当の方がおっしゃっておられました。
TV「自称靈能者と申しておられるどこかの方が参拝に来られて、社ではない何でもない場所に御神靈が現れて、内宮の歴史に関して偽りを吹き込まれているそうですが、皆様どうぞ偽物には気をつけて下さいませ。こちらの伊勢内宮は、歴史が物語っている通り2,000年もの由緒正しき御社でございます。皆様の御参拝を心よりお待ち申し上げております」
10年ほど前に伊勢内宮参拝した後日、無知だったわたしはサルメという名前をwebで調べたところ、古代の祭祀を司る巫女の総称名とあり、サルメを祀る神社も伊勢には存在していると知りました。伊勢地方にいた女性シャーマン族の御一方が、あの時わたしを諭し真意を託し確かに話し掛けて来られたのでした。
ですからその日のことが大きなきっかけとなり、わたしは神人として人々に真実を伝えながら生きてゆくという覚悟が出来たのでした。
さるめのみこと
弥栄ましませ弥栄ましませ。
ありがたいありがたいありがたい。
2018.3.3 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.3.4
古代日本には各部族に天皇がおりました。天皇とは、皇でありシャーマンの長のことを指し、異次元世界と繋がり靈団と交渉することができ指導靈からの教えを顕在化させる真の政をしていた人のことです。政とは本来ならばそういうものであり、現代のように民だけで話し合い多数決で決めるものではありません。多数決とは、もしも間違った思想を誰かに洗脳されたならば、皆共倒れとなるものでもあるのです。事実として悪多数決の世となり社会は歪んできております。
この地には、かつて16,000〜18,000年もの間続いたとされる縄文時代がありました。土地を所有するといった観念があまりなく、季節に応じて移動し狩猟採取をしながら先住民たちはとても平和に暮らしていました。
そこへ大陸から渡来してきた人たちによって先住民は次々と生活圏を奪われ、北へ南へ、山へ島へと追いやられてゆきました。先住民の中でも逃げることも闘うこともせず渡来人と同化することを受け入れた人たちは、定住化させられ稲作のための労働力として使われることとなり、弥生時代へと移行していったのです。
その後、土地の所有権を巡り渡来人と先住民との戦さは各地で起き続け、渡来人たちの支配拡大に伴い世の荒廃は加速してゆくのです。そして、各地各部族にいた皇を廃止させ、大和の皇ひとりだけとし一切の政は朝廷が行うとする中央集権国家を目指した国造りが、西へ東へと推し進められていったわけです。
朝廷に従わない人々は、すべてエミシ(蝦夷)と呼ばれ、朝廷の傘下となった豪族たちには手柄に応じた冠位を与えて、豪族たちの差別化を図ってゆき、エミシに対して服従させるか?滅ぼすか?を命じていったのです。
国造りとは平和に暮らしていた人々を無理矢理に隷属化するといった侵略行為のことであり、本来ならば美化されるものではありません。
いつの世も勝者の歴史であり、改ざんと隠蔽の歴史であるということは、皆様がご存知の通りです。
その後、各地域各部族のシャーマンたちによる政は無くなり、朝廷が定めた皇を唯一とした中央権力に追従させる形の政へと移行してゆきましたが、当然のように皇族の中に各豪族たちは入り込み同化しながら、派閥が生まれ権力闘争も劇化してゆくわけです。
人は真の政がなされずに支配するか支配されるか?という価値観の世界では、自然な靈性向上が妨げられ、生理的・社会的欲求を満たすためだけの奪い合いを主とした観念が心を支配し愚民化してゆきます。それは獣の世界とさほど変わらない社会でもあるのです。
時は流れ天皇や皇族から貴族へ、そして貴族から武士へと権力は移り変わり、世界金融と手を組んだ明治新政府が誕生し、神社神道を国教に掲げ、また新たに天皇を中心とした政をし始めました。そして国民に神社崇拝を強制しながら統括してゆく中で、天皇もまた明治政府の定めた政にならいながら、ようやく伊勢内宮を参拝するようにもなります。天皇や神社という言葉は、明治時代からであり明治新政府が作った造語なのです。それまでは、天皇はスメラやミカド、神社はヤシロやモリとも呼ばれていました。
“明治時代まで、天皇が伊勢を参拝されていない”ということもまた知っている国民は、いったいどれだけおられるでしょうか?
記紀の日本神話から始まり、神武天皇〜明治天皇までの歴史において、本当に嘘偽りは無かったかどうか?現代日本に生きるわたしたちは、ひとつひとつ国の歴史を見直さなければならない大きな節目の時代にいるのではないでしょうか?日本人としての正しいアンデンティティを得るために。
2018.3.4 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.3.7
《悪しき靈感者に見受けられる傾向》
〜1.自分の守護靈や指導靈と対話できない〜
優れた良き靈感者というものは、自分を指導してくれている靈的存在や他星人と、必ず対話しながら御役目をしているものです。靈感者本人からすれば、自分がどのような存在の言葉・思考を選択するのか?ということは極めて重要なことでもあります。都合良くのせられて弄ばれていたり、悪き霊存在や他星人の僕となり、分からぬうちに広告塔にさせられている場合もありますから、靈存在の言葉に対しては必ず見極めなければなりません。靈的に見えた聞こえた感じたゆえに、そのままを人に伝えるということは、見方を変えれば、見極められず幼稚である=経験不足である=見方が偏っており無知であると同様で、悪き霊に騙され易い状態のため靈感者としては未熟であり、善の仮面を被った悪という枠の中に入ります。
靈存在の思考・言葉を見極める時、配慮や思いやりといった他愛が、どれだけの範囲を対象としているものであるのか?を悟らなければなりません。
自分の守護靈や指導靈と対話も出来なかったり、また怠って情報の真偽を見極めることもせずに、人に伝えるということをしていたならば、とても無責任であり傲慢です。出どころを確かめたり真偽を見極めもせずに、ただ自分の思い込みで神からの言葉、天使からの言葉、天の御告げなどと申しているとしたなら、無料であろうと有料であろうと、それは詐欺行為と同様になります。
2018.3.7 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.4.4
『モーセの十戒』とは
聖書を崇拝するキリスト教の人口は、約22億人と言われており、世界人口32%です。聖書とは旧約聖書と新約聖書の2種類があり、神からの啓示を受けたとされる約40名の人たちの言葉を掲載したものです。中でも旧約聖書の出エジプト記20:1-17と申命記5:6-21に記載されてある「十戒」は、とても有名であり、モーセがシナイ山にて神からの教えを授かったとされています。十戒の内容は、神の意思が石版に記されたものであり、モーセが十戒そのものを考え出し、自らもしくは他者に記させたものではない=神による自動書記であるとされています。
さて、神人の指導靈団の教えによりますと、十戒とはオリオン座リゲル星系宇宙人からの教えを靈媒であるモーセが受信し綴らされたものであり、長年地球を支配し続けて来た悪しき存在たちが、かつて地球人を隷属化するために与えた命令書のひとつとのことです。
十戒の内容は、靈性の低い下等な存在に対する教えのようにも感じられます。
1)「あなたには、わたしの他に他の神々があってはならない。」
◆ 唯一の神であるわたし以外を拝んではならない。
2)「あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである。」
◆神の肖像や偶像を造ってはならない。偶像崇拝の禁止。わたしを崇拝すればご利益を与える。
3)「あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。主は、御名をみだりに唱える者を、罰せずにはおかない。」
◆わたしの名前を軽々しく口にしてはならない。
主と呼びなさい。
4)「安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。六日間、働いて、あなたのすべての仕事をしなければならない。しかし七日目はあなたの神、主の安息である。あなたはどんな仕事もしてはならない。――あなたも、あなたの息子、娘、それにあなたの男奴隷や女奴隷、家畜、また、あなたの町囲みの中にいる在留異国人も。――それは主が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、主は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された。」
◆6日間働き土曜日は休み礼拝しなさい。
あなたの奴隷たちや家畜も休ませなさい。
※ユダヤ教の安息日は土曜日であるが、キリスト教ではイエス・キリストの復活の日である日曜日を「主の日」と呼び、日曜日を主日として礼拝している。
5)「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。」
◆自分の両親を敬いなさい。
6)「殺してはならない。」
◆人を殺人してはならない。
7)「姦淫してはならない。」
◆自分の配偶者以外と性的な関係を持ってはならない
8)「盗んではならない。」
◆他人の物を盗んではならない。
9)「あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。」
◆嘘をついてはならない。
10)あなたの隣人の家を欲しがってはならない。すなわち隣人の妻、あるいは、その男奴隷、女奴隷、牛、おば、すべてあなたの隣人のものを、欲しがってはならない。」
◆他人の物を欲しがってはならない。
2018.4.4 神人 拝
facebook:神人(かみひと)
【神人靈媒日記】 2018.5.15
亡くなった人は肉体を使うことが出来ない靈人となるのです。生きている人は肉体を使うことができる靈人であるのです。亡くなるということは肉体を使えなくなるということだけですから、偉くなる訳でも特別な存在に変わる訳でもありません。ですから、“靈が上で人が下であるという教え”は、長いものに巻かれるように人民を統括するため作られた思想のひとつであり過去の邪教に過ぎません。
亡くなった人は、墓に眠ってはいません。暗くて狭くて陰気で冷たく重い石の下で眠ってはいません。睡眠とは肉体人にしかありません。靈人は眠らないのです。そして肉体がないので食べないし飲まないのです。生理的欲求の名残りが見受けられるのは、死後間もない未浄化靈だけであり、靈界に慣れていないため未だ肉体意識の記憶に支配されているという状態です。肉体意識を手放せた靈人は肉体的・生理的欲求がありません。
亡くなった人は、仏壇や位牌の中にもいません。もし仮にも木片や石などに魂を入れられたとしたらとても残酷な話であり地獄同様です。
亡くなった靈人が墓や仏壇に現れるのは、そこで遺族が話し掛けて故人を呼ぶからです。対象が縁深き靈人であるならば、靈人側が拒んだり生まれ変わってさえいなければ、場所も日時も関係なく現れてくれるものです。面識がなかったり縁薄き方であったり気乗りしなければ、いくら呼んでも現れてきてはくれません。
墓や仏壇は、本来ならば遺族の悲しみを癒すための演出された空間であり、故人の居場所ではありません。
民間人が墓を持つことも墓を大切にするという習慣も日本ではまだまだ歴史は浅いということを知る日本人は少ないようです。昔の天皇ですら墓を持たず散骨していた方々もおられます。
仏教の開祖であるお釈迦様は、お墓や仏壇を設け大切にしなさいとは一切説いていませんし、偶像崇拝(仏像)を奨励してもいません。
墓や仏壇を設けて故人を敬い続けなさいとする風習は、中国思想である儒教の影響からです。ですから、墓や仏壇を大切にしながら無宗教であるとか仏教信者と申すことは、かなり矛盾があるのです。
日本には純粋な仏教はありません。御利益とビジネス化された儒教・道教的な仏教風思想が大衆に植え付けられてきたのです。
※21世紀は民衆に対して嘘をつくのはもう止めましょう!
2018.5.15 神人 拝
私のお墓の前で
泣かないでください
そこに私はいません
眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています
秋には光になって
畑にふりそそぐ
冬はダイヤのように
きらめく雪になる
朝は鳥になって
あなたを目覚めさせる
夜は星になって
あなたを見守る
私のお墓の前で
泣かないでください
そこに私はいません
死んでなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています
千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています
あの大きな空を
吹きわたっています
facebook:神人(かみひと)
【神人靈媒日記】 2018.6.21
「2018年6月21日大地震が日本を襲う」ジュセリーノ氏の予言についてですが、神人の守護靈団にお尋ねしましたが、「起こらない」とのことです。当初よりそのような予定もないそうです。どうぞ御安心下さい。
本日は、東海地震・東南海地震・南海地震は起きません。その後も大地震・火山大噴火・大津波で日本が海底に沈むようなこともないそうです。しかし、皆様、危機管理意識(人為的な自然災害含む)だけは個々忘れずにお過ごし下さいませ。
オカルトは、恐怖をお金に換えるビジネスでもあります。これまでもノストラダムスの大予言をはじめ、2012年地球アセンション等、人類に対する警告としての恐怖予言は毎年色々たくさんございます。恐怖思想イベントにはどうか洗脳されませんようになさって下さい。
因みに本日は、沼津市の海岸沿いの会場にて浄音ライブ開催となります。ありがたいありがたいうれしうれしたのしたのしみらいへ。
2018.6.21 神人 拝
facebook:神人(かみひと)
【神人靈媒日記】 2018.7.6
生前の母は、自分の息子が靈媒師であることに対して半信半疑だったようで、今回自分が死んでみて自分の話を聞くことが出来るのが、唯一自分の息子だけだったことを知り言ったことが、「あなたは本物だった!今まで応援しなかった分、これからあなたを本気で応援するからね。私が気付いたことや調べて分かったことを色々教えるから。自分に与えられた特別な力をより多くの人々のために自信を持って役立てなさい。」
僕は10年以上もの間、人々からの疑念にさらされながらも、命懸けで世の為人の為に自分を信じて既に生きてきたんですがね〜。(笑)あまりにも正直過ぎる母からの告白に思わず笑ってしまいました…。
かつては、亡き祖母の介護や難病で頑固な父の世話、そして捨て犬猫たちの世話に日々追われながら、旅行にも自由に行けず寂しい人生ではなかったか?と聞いたところ、
始めの頃は自己犠牲心もあり、自由な時間が少ないことに対して、他を悪く思ったりした時期も確かにあったけれども、悲観したところで自分が惨めな気持ちになるだけで何も良いことがないということを知り、どうすれば良いか考えたそうです。そして、食べものや家庭菜園、周囲の景色や華道を通じて、「日々移り変わる季節の変化を味わう生き方ができると人生はどのような状態にいても豊かさを感じ楽しくなる。(2018.7.5 母より)」ということを悟ったらしいです。それからは、とても楽しくなり、自分がしたいことや学びたいことが身近なところにたくさん見つかり時間が足りないくらい日々が充実していったとのこと。
そして、僕に心配させ生き方を邪魔しないよう、決して泣き言は言わないと決めていたとも聞きました…。
母の愛と強さと貴さに心よりお詫びと感謝を伝え涙しながら迎えた早朝の対話でした。
ありがとう
ありがとう
ありがとう
2018.7.6 神人 拝
facebook:神人(かみひと)
【神人靈媒日記】 2018.7.13
法要しなければ故人を供養できない⁉︎とか
お盆には故人が家に帰ってくる⁉︎とか
故人は墓に眠り魂は位牌に宿っている⁉︎とか
それは、すべてが全くの嘘です❗️
まともな霊能者であるならば解るはずです。
元々は作り話であり信徒を増やし布施を得るために
慣習化されたものばかりだからです。
お釈迦様はそのような教えは説いていません❗️
仏教とは、仏の教え=お釈迦様の教えのことです。
お釈迦様が説いていない慣習とは?
いわば後からの者が都合よく付け加えた仏教ではない教えなのです。
田舎では僧侶が檀家に対して、年忌法要を義務化し、行わなければならない!と強要する人もいます…。
いわば、布施=お金を要求する
という間違い(=寺請制度の名残り)がまだまかり通っているのです。
檀家制度(だんかせいど)とは、寺院が檀家の葬祭供養を独占的に執り行なうことを条件に結ばれた、寺と檀家の関係を言います。
寺請制度(てらうけせいど)とも言われます。
江戸時代の宗教統制政策(江戸時代よりキリスト教弾圧&寺院守護の目的で始まったもの)の一環として設けられた寺請制度が檀家制度の始まりです。
檀家は特定の寺院に所属し、葬祭供養の一切をその寺に任せ、布施を払います。その意味では、一般民衆である個々の檀家が寺院の経済的な支援者となります。しかし、檀家制度においては、寺院の権限は強く、檀家は寺院に人身支配されていたと呼べるほどの力関係が存在していました。寺院側は、常時の参詣や、年忌・命日・法要の施行などを檀家の義務と説き、他に寺院の改築費用や本山上納金などの名目で経済的負担を檀家に強いたのです。今日におけるお彼岸の墓参りやお盆の法事などは、檀家制度によって確立したものといえます。
幕府宗教政策もあって、寺院は社会的基盤を強固な物にすることに成功しましたが、一方で仏教の世俗化が進みました。寺請の主体となった末寺は本山への上納など寺門経営に勤しむようになり、仏教信仰は形骸化してゆきました。
檀家を持たない寺院は“現世利益を標榜することで信徒と布施を集める”ようになり、檀家を持つ寺もまた“祖先崇拝といった側面を強めて”ゆきました。いずれにせよ、このような寺院の強権的な立場、民間信仰(祖霊信仰)とのより強い混合、また堕落は制度ができた当時から批判があり、それらは明治の廃仏毀釈に繋がっていくことになるのです。
現在では、寺院の権限はほとんど無いにせよ、檀家制度は残っています。いわゆる葬式仏教や、檀家制度によって確立した年忌法要、定期的な墓参りは日本に根付いており、葬儀や先祖の命日法要、墓の管理を自身の家の檀那寺に委託する例は多いのです。
——————————-
《《《檀家制度の歴史》》》
*飛鳥時代に仏教が伝来した。
*有力者が仏教信仰対象=檀越となった。
*有力氏族が寺院を建立した。
*蘇我氏の飛鳥寺の秦氏の広隆寺が有名。
*寺は有力氏族のために葬祭供養を行った。
*檀越→檀家の源流である。
*寺院は所領を持つようになる。
*荘園領主的な側面を帯びるようになる。
*寺院の収入源は布施から荘園収入に変わ
る。
*寺院は政治的な権力を持つ。
*寺院は檀越に依存しなくなる。
*応仁の乱以降、荘園制崩壊となる。
*寺院は一般民衆を対象とし布教する。
*仏教は出家から在家へ移行していく。
*坐禅から葬祭へと比重が変わる。
*寺院は先祖崇拝や家と結びついてゆく。
*檀家という言葉は鎌倉時代には存在した。
*仏教は一般民衆の家と結びついていった。
*檀家制度は、応仁の乱(1467-1478年)以降、江戸時代に寺請制度が施行される約200年間の、荘園制が崩壊して郷村が成立、また広範な家の概念が成立した時期にできた。
*寺院(檀那寺)は、社会的・経済的基盤を荘園や特定の檀越・外護者から、一般民衆へと移し換えた。
*江戸幕府は、1612年(慶長17年)にキリスト教禁止令を出し、以後キリスト教徒の弾圧を進める際に、転びキリシタンに寺請証文(寺手形)を書かせたのが、檀家制度の始まりである。
*キリスト教徒ではない証として民衆に寺請が行われるようになる。
*武士・町民・農民は身分問わず寺院の檀家にさせられた。
*寺院の住職は自らの檀家であるという証明として寺請証文を発行した=寺請制度
*寺請制度は国民全員が仏教徒となることを義務付けるものであり、仏教を国教化するのに等しい政策であった。
*寺請を受けないとキリシタンのレッテルを貼られ社会権利の一切を否定された。
*末寺=檀那寺は幕府の命により寺請の任を背負い、キリシタンの親族の監視など禁教政策に伴い権限を強化していった。
*寺請制度は世の中が平和になり人々が自分の死後の葬儀や供養のことを考えて菩提寺を求めるようになったゆえの制度とする見方もある。
*1631年の寺院の新寺建立禁止令などを通して、檀那寺は檀家を強く固定化する。
*檀家になるとは経済的支援を強いられるということであり、寺院伽羅新築・改築費用、講金・祠堂金・本山上納金など、様々な名目で経済的負担を背負った。
*1687年の幕法は、檀家の責務を明示し、檀那寺への参詣や年忌法要のほか、寺への付け届けも義務とされている。
*1700年頃には寺院側も檀家に対してその責務を説くようになり、常時の参詣、年忌命日法要の施行、祖師忌・釈迦の誕生日・釈迦涅槃日・盆・春秋の彼岸の寺参り(墓参り)を挙げている。
*もし檀家が責務を拒否すれば、寺は寺請を行うことを拒否し、檀家は社会的地位を失った。
*遠方に移住するというような場合を除いて、別の寺院の檀家になるということもできなかった。
*一般民衆には生まれた家は檀那寺の檀家となって責務を履行する以外の術はなく、寺と檀家には圧倒的な力関係が生じた。
*江戸時代の檀家は、寺の経営を支える組織として寺院に組み込まれたものであった。
*寺院の安定的な経営を可能にしたが、反面で信仰・修行よりも寺門経営に勤しむようになり、僧侶の乱行や僧階を金銭で売買するということにも繋がっていった。
*家や祖先崇拝の側面が先鋭化し、本来の仏教の教えは形骸化して葬式仏教に陥った。
*檀那寺は、檀家制度によって極めて安定的な収入源を得ることに成功した。
*檀家のいない寺院は現世利益を旨として信徒を集めるようになった。
*寺院は寺檀関係を持つ回向寺(えこうでら)と現世利益を旨とする祈祷寺(きとうでら)に分かれた。
*檀家は負担を強いられたが、先祖供養を目的に祖先崇拝するようになり檀家制度は受け入れられていった。=※儒教の影響
*日本では死後一定の段階経ると仏になると言われるが、元来の仏教にはそのような教えはどこにも無い。
*檀那寺に墓を作ることも義務化され一般庶民でも墓に石塔を立てる習慣ができた。
*檀家は先祖の追善供養を行い、家の繁栄を願うように指導された。
*祈祷寺は、無病息災、恋愛成就といった個人レベルの願い、五穀豊穣、商売繁盛といった家の繁栄の願いなどを寺院参拝の御利益とし、他に祈祷などを行なった。
*祈祷寺は流行仏と言われ、定期的な開帳を行なったり、縁日を行なうことで布施を集めようとした。
*回向寺も檀信徒の信仰心が離れないよう祈祷寺と同じく、定期的な開帳を行なったり、檀家の義務と説いた年中行事も祭事や縁日のような興行的な側面を強くし、布教の一環として説教も盛んに行なった。
*江戸時代の人々は回向寺で先祖の追善供養を行なって家の現在・将来の加護を願い、祈祷寺で自身の現世利益を願った。
*檀家制度や本末制度によって生じた寺院の強権的な立場は、僧侶の乱行というような問題も生じさせていた。
*立場を利用して檀家から際限なき収奪が可能となった寺院には当然、批判が起こった。
*批判者は儒学者・神道学者・国学者など幅広く、数も多かった。批判は江戸時代の初期からあり明治維新の廃仏毀釈運動まで江戸時代通して存在し続けた。
*幕府や藩は寺院への締め付けを行なった。
*1665年「諸宗寺院法度九ヵ条」
・寺院から無教養の僧侶を放逐する
・檀家の負担を軽減する
・寺に女性を泊めない
・離壇の権利を檀家に認める
*行政を担った寺院の権益を奪いきることはできず寺院の腐敗は続いた。
*明治最初期、多くの寺院の破壊を伴った廃仏毀釈運動が起こる。
*檀家制度による寺院経営にほころびが見えると、各宗派からも体質改善や改革といった声が出てくるようになった。
*本来の教え仏法に帰るべきという点が強く主張され、先祖供養などの否定にも及んだ。
*寺請制度は、1871年に氏子調に引き継がれて廃止されたが、檀家制度は依然存在している。
*寺墓を持つため寺と檀家が繋がっているだけというケースが多く、家人の葬儀や先祖の年忌法要といった儀式儀礼でしか寺と檀家は接点を持たない葬式仏教となった。
*経済成長に伴った農村から都市への人口移動なより人が減り廃寺となるところご目立っている。
*葬儀業者が一切を手配する例が多く寺檀関係は希薄化している。
*檀家制度は、年忌法要・彼岸や盆などの年中行事をが作りだしたが、現在でも日本人の宗教観や生活に大きな影響を与えている。
*仏教寺院に対し檀信徒一般が求めるものは、仏教の教義ではなく、墓や位牌といった先祖供養の側面が強く葬祭の司祭者としての関係となっている。
(☆Wikipediaより参照)
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2018.7.13 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.7.18
寺の住職を呼ばず、経も挙げず、通夜・葬式・初七日の法要もせず、家族だけで故人を見送った檀家に対して、青森県にある曹洞宗○○寺の住職は、葬儀屋を陰で激怒したらしいのです。
「檀家(遺族)をちゃんと指導しろ!!」と…。
今回いくつもの疑問が過ぎりました。
和尚の言う指導とは?遺族をマインドコントロール=思考支配することなのでしょうか?
檀家である遺族は、寺の言い成りにすべて執り行わなければならないものなのでしょうか?
遺族の気持ちをすべて受け入れて、安い予算の中でも丁寧な納棺〜火葬を執り行った葬儀関係者とは裏腹に、陰で嫌みを言いながら恫喝する和尚とは、本当に故人を極楽浄土へと導くことができるものなのでしょうか?
曹洞宗総本山では、そのような教育をしているものなのでしょうか?それとも管理能力がないのか、末寺に対して放任主義なのでしょうか?
今の時代、寺の和尚はそんなに偉い存在なのでしょうか?
そもそもお経とは、それほどまでに故人を導き救うことの出来る有難い言靈なのでしょうか?
葬儀屋とは、やはり寺のしもべとならなければ仕事を回してはもらえずやってゆけないものなのでしょうか?
○○寺の和尚は遺族が頼んでいなくとも、初盆には自宅に来てお経を挙げ10分早々に帰ってゆくらしいのです。もちろん貰うものをもらって…。
檀家の多い田舎の寺は、代々世襲で成り立っているせいかどうか?分かりませんが、代替わりする度に和尚の人間性が堕ちて来ている=傲慢&拝金主義となってきているように感じられます。住職親子の町民の評判は極めて悪いものですが、長いものに巻かれ建前ではへりくだり頭を下げるばかりなのです…。
世の中の全てのお寺が可笑しいとは言えませんが、故人を極楽浄土へ行かせるために年忌法要を必ずしなければならないものと指導し檀家に対して毎回布施を要求する寺が存在しています。氷山の一角ではないでしょうか?
◆寺に読経を依頼しなければならない儀
全ての儀に対して布施と食事代と交通費が必要で
幾ら布施を包むかは各自心持ち次第です。
(※金額は、数万〜数十万円)
*納棺
*通夜
*火葬
*葬式
*納骨
*初七日の法要(7日)
*二七日の法要(14日)
*三七日の法要(21日)
*四七日の法要(27日)
*五七日の法要(35日)
*六七日の法要(42日)
*七七日の法要(49日)
*百箇日の法要(100日)
*初盆(四十九日過ぎの初めての盆)
*一周忌(満1年目の命日 )
*三回忌(満2年目の命日 )
*七回忌(満6年目の命日 )
*十三回忌(満12年目の命日)
*十七回忌(満16年目の命日)
*二十三回忌(満22年目の命日)
*二十七回忌(満26年目の命日)
*三十三回忌(満32年目の命日)
*三十七回忌(満36年目の命日)
*五十回忌(満49年目の命日)
*戒名(1文字10万円/5文字平均→50万円)
昔から“坊主丸儲け”とはよく言ったものです。
果たしてこのような慣習は
本当に必要なものでしょうか?
わたしはシャーマン-靈媒師-として申すならば
真を理解している人には、
“一切必要がない”が答えとなります。
2018.7.18 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.7.23
〜自分のルーツについて〜
なぜ、自分はみちのく青森に生まれたのか?
なぜ、縄文遺跡のある地を転々としたのか?
なぜ、靈人と話が出来るシャーマンなのか?
青森県八戸市にて生まれ18歳まで縄文の地を転々と移り住んできた自分のルーツを振り返ると、本来の自分に与えられていた使命が紐解かれてゆきます。
そして、故郷は青森県の歴史を辿り解ることは、蝦夷アイヌの地であり、縄文の故郷であり、学校の教科書には出てくることのない大きな文明圏が存在していたという事実を知ります。
世間には偽書と言われる書が数多く存在していますが、学者の方々よりいかがわしき本という烙印を押された類いのものです。
しかし、古より偽書とされている書の中にも、何が虚偽で何が真実であるのか?ということを踏まえた上でひとつひとつ丁寧に考えながら読むと、非常に面白いことが見えてきます。
そして、自分の足で地を巡ると確信することがあります。古代青森を中心とした蝦夷アイヌの東北文明は確実に存在していたということを。
そして、日本の本当の歴史を解く鍵は、東北地方の磐座やストーンサークル、縄文遺跡群を学ぶことに隠されていると断言します。
2018.7.23 神人 拝
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『東日流外三郡誌』
昭和50年4月突如として青森県北津軽郡市浦村役場から発刊され、さまざまな論争を繰り広げられたが、偽書としての烙印を押され
論争はすでに終結したかのようであります。
しかし、『津軽古代王国』の真実や埋没神『アラハバキ神』の姿を垣間見るには
禁じられた書を開かねばならないのであります。
この古文書を記したのは、津軽地方の飯詰の住人、和田長三郎と出羽国(秋田市土崎)の秋田孝季という両名であった。
彼らは、子どもの頃から津軽藩大浦一族によって自分たちの祖先が眠る津軽の地を奪われ、古くからの由緒正しい系譜を抹殺されてしまったという話を聞かされてきたのであります。
天正12年(1584年)南部藩出身の大浦為信は、自ら津軽藩祖と名乗って
天正15年に高楯城(五所川原市飯詰)を攻略すると、世にいう津軽藩の圧政がはじまった。浪岡城北畠氏や高楯城藤原氏の一族残党は徹底的に弾圧され、それまで津軽地方で最も繁栄していた安東氏一族の家系図・古文献など、すべて見つけ次第抹殺したという。
そして2代藩主津軽信枚は歴史文献『津軽記』を没収し、5代藩主津軽信寿は元文5年(1740年)に古代の石器や土器類まで
厳しく微集したといわれている。
いったい、なにゆえに代々の津軽藩主は、津軽地方の古代豪族に強い恐れをなし、
安東一族の家系図まで抹殺をはかったのか?
それは、津軽為信公が南部系出身であったことと、安東一族が古代から最も崇拝していたアラハバキ神の祟りを恐れたからの様であります。
10代藩主津軽信順は、外出のさいにも悪霊退散の高札をかかげ、津軽地方の民衆弾圧と安東一族に関する神社仏閣の抹殺をはかったのです。
そして寛政年間(1790年頃)、安東氏の後胤にあたる秋田孝季は、ひそかに和田長三郎と協力し、失われた歴史を求め、2人で
日本全土82ヶ所を34年間にわたって調査したのであります。
彼らは、津軽地方の神社仏閣の古文献をはじめ、縄文時代までさかのぼる上古代の伝説や伝承記録はもちろん、全国各地に残された神武天皇や邪馬台国に関する古代記録、および安東氏一族の家系図や歴史記録など南北朝時代にいたるまでの中世史についての膨大な資料を収集し、8年の歳月をかけて全360巻に写筆したのであります。
つまり、秋田孝季らは特に津軽地方の正統な歴史的事実を津軽藩に抹殺される危険性を察知したため、同じ写筆本を2部作成し、両家がそれぞれ秘蔵することにしたのであります。
そして年月が経ち、昭和32年その秘蔵古文書は、青森県五所川原市飯詰の和田家で偶然に発見されるのでありました。
今から約5000年前、中国の三皇五帝の夏王朝時代、現在の青森県津軽地方(津軽半島の十三湖一帯の市浦村や亀ヶ岡地方岩木山麓)には、非常にすぐれた古代文化(亀ヶ岡文化)が存在していた。
しかも、縄文時代の岩木山一帯と亀ヶ岡地方には、アソベ族という古代人が定住していたが、約4000年前に中国大陸から多勢のツボケ族が十三湖に渡来。
アソベ族に文字を伝えたばかりか、青銅器や鉄器の利用法、すぐれた黒陶土器の製造技術も伝えたという。
アソベ族とツボケ族の混血した民族は、やがて数種類の文字(古代絵文字や糸の結び目によるキープ文字、砂文字など)を使い、
パンチカード方式による億兆単位の数字計算、日神と月神を中心とする石神信仰や八生輪廻という霊魂再生観をもっており、天地17神の神々を祭る『津軽古代王国』を築きあげ、後に強大なアラハバキ王国を設立。
さらに、「魏志倭人伝」に記されている邪馬台国は奈良県の大和地方にあって、五畿七道(現在の近畿地方や中部・山陽・北陸・近畿地方)を治めた邪馬台国の支配者は、神武天皇と戦った大和地方に君臨していた大王
長髄彦と安日彦の兄弟であった。
しかし、九州の日向から東征していたという神武天皇に敗れた長髄彦と安日彦兄弟は、はるか東北にある津軽地方の十三湖に亡命。
この地で新しくアラハバキ王国の王者となったが、彼らが津軽に逃れたのは、津軽地方を邪馬台国の故郷『邪馬奥』とみなしていたからであった。
そしてアラハバキ王国は、岩手県平泉にいたる広大な陸奥国=奥州一帯に、東西南北5人の国司者を配置し、強大な国家を形成。
さらに神武天皇以後の天皇後続者や政治問題にまで影響を及ぼすほどの勢力を持ったという。
しかも、平安時代初期に東北の蝦夷地征服のため進軍した坂上田村麻呂征夷大将軍と戦い、朝廷軍をことごとく破ったのはアラハバキ族の子孫にあたる津軽地方の安倍氏(安日彦の末裔)であったというのである。
津軽古代王国とアラハバキ王国の歴史年表
★紀元前(BC)18000年
アジア大陸から北方系のウラル・アルタイ民族が北海道・東北地方に移動。
彼らは岩木山一帯の阿曽部の森に住み着いたことからアソベ族と呼ばれた。
すなわち、原日本人とみなされる。
★BC12000年
古代アソベ族は十和田湖の十和利山に霊山ピラミッドの巨石神殿を築き、東北各地で巨石メンヒルや石神、岩偶、土偶神像を信仰する。
津軽半島では、日本最古の無文土器が生まれる。
★BC8000年
津軽半島で縄文土器が発生。
★BC3000年
中国大陸からツボケ族が津軽に渡来して、縄文土器文化と漆ぬり土器が栄え、青銅器が伝わる。
★BC2000年~1000年
アソベ族が各地に環状列石を作る。
アソベ族とツボケ族の混血による亀ヶ岡の縄文文化が繁栄。
★BC700年頃
岩木山麓と亀ヶ岡一帯に古代アソベ王朝が生まれ、最初の王ウソリから十七代の王朝国家がつづく。
★BC500年頃
津軽の亀ヶ岡から十三湖一帯に、古代ツボケ王朝が発生。
最初の王ダツトリから29代の王朝国家がつづく。
★BC100年頃
中国王朝からの新しい漂着民(周・普の君公子一族)とアソベ・ツボケ族の混血によってアラハバキ族発生。
★BC18年
十三湖一帯にアラハバキ王国成立。
★AD240年
大和の大王ナガスネヒコと安日彦が十三湖に逃れて、アラハバキ族の王となり、新アラハバキ王国が生まれる。新アラハバキ五王制による国家組織が発足。
この年から邪馬台城を築きモヤ山ピラミッドを作る。
参考文献
「津軽古代王国の謎」佐藤有文/サンケイ出版
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【神人靈媒日記】 2018.7.28
浄靈浄化に使える祝詞は色々とありますが
↓こちらの言靈もお勧めさせて頂きます。
ぜひ御奏上なさってみて下さいませ。
イシカカムイ
ホノリカムイ
イピカムイ
ガコカムイ
アラバキカムイ
シセレマクウシテ
イヤイヤイケレ
イシカカムイ
ホノリカムイ
イピカムイ
ガコカムイ
アラバキカムイ
シセレマクウシテ
イヤイヤイケレ
イシカカムイ
ホノリカムイ
イピカムイ
ガコカムイ
アラバキカムイ
シセレマクウシテ
イヤイヤイケレ
ーーーーーーーーーーーーーーー
イシカカムイ=天の神
ホノリカムイ=地の神
イピカムイ=火の神
ガコカムイ=水の神
アラバキカムイ=自然神
シセレマクウシテ=御加護下さい
イヤイヤイケレ=感謝致します
(古代東北蝦夷アイヌ語)
*アイヌ=“善良なる民”の意味
かつて古代日本は、1万年以上もの間
アイヌが暮らす平和な地であった…。
2018.7.28 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.9.4
〜大日月地神示の使い方〜
神示を御購入されお読み頂いております方々へ朗報です。神示拝読による各自変化は、神示にも記されていますが、以前からお伝えさせて頂いておりましたが、書籍そのものが放つエネルギーによって新しい違う使い方があることが分かりました。
『大日月地神示』前巻と後巻を、身体の前と後ろとで挟み込むように各チャクラに当てると強い除靈・浄靈・ヒーリング効果が得られます。更に天日塩を神示に添えるとまた更に強い効果を得られることが分かりました。(※神示と御塩を布で巻く又は布袋に入れる)
但し、神示を読まれていない方や神示に対する疑念の強い方、何らかの理由で連続的に憑依され続ける方は、おそらく効果が薄いと感じられるかと思われますので、予めご了承ください。
神示を御購入されておられます方で、靈感体質・吸収体質・憑依体質・靈媒体質の方は、是非是非お試しになられて下さい。御感想をお待ちしております。
尚、それを理由にして神示を売る目的(靈感商法)ではございませんので、予め皆様に御理解頂けますようどうぞお願い致します。(*受け取り方は分相応でありますが、大日月地神示を快く思われていない方々もおられるため、追伸としてお伝え致します)
*浄音を掛け祝詞奏上されれば尚宜しいです。
大日月地大神御靈(おおひつくおおかみおんたま)
祓え給え浄め給え(はらえたまえきよめたまえ)
癒し給え治し給え(いやしたまえなおしたまえ)
〈繰り返し奏上〉
2018.9.4 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.11.7
靈はいるのか?いないのか?
靈とは幻想幻聴を体験したのか?
靈を見た人は病んでいるのか?
靈とは人が死んだ姿なのか?
ほとんどの人が答えられない問です。
しかし私は全て答えることが出来ます。
なぜなら数十年間も体験し続けているからです。
書籍を引用したり仮説で申しているのではなく
靈との数え切れない接触による体験から得た
統計による答えを私はお話ししています。
すべては“どのような経験をしてどのような学びをしてきたのか?!”ということが、とても重要なことなのです。
経験もなく論ずるは、妄想論者である
2018.11.7 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.11.24
〜靈媒とは靈の操り人形ではない〜
靈媒とは靈存在の媒体となる者であります。
しかし、靈媒は悪しき靈に、もてあそばれたり、しもべとなってはならぬものなのです。
靈には善悪色々な種類のものが存在しますが、靈が人に対して何をしても許されるというものではありません。靈が上で人が下なのでは決してありません。※靈に対して正しくものを言える人にならなければ、誠の靈媒としての役目は果たせないものなのです。
靈は尊ぶべき存在であると認識している人は悪しき慣習に洗脳された人であり、真を理解出来ていない浅はかな人です。人にも善悪色々いるように、靈にも善悪色々な存在がいることを深く理解した上で、真偽を見極められる審神者とならなければ、ずる賢い悪しき靈の操り人形になり兼ねません。靈がかりを神がかりと称して人々に狂った姿をみせる靈媒では決してならぬのです。それは滑稽な姿であり、ただの異様な者であり、側から見て恥ずかしいことなのです。
靈が人に危害を加えることも、隷属化することも、偽りを解くことも決して許されることではないのです。※靈性高き良き靈であるならば、肉体人の状況を把握した上で必ず配慮することが出来るものなのです。負の氣もなく、危機回避するため以外では強制的な動きは取らないものなのです。神や仏、天使や宇宙人を名乗り現れる靈の殆どが、人を足場として悪しき企てをする悪しき靈の類であることを靈媒の者は理解しておくべきです。疑うことの出来る心の目、心の耳、心の鼻、心の舌、心の肌を研ぎ澄ませ、ひとつひとつ真偽を見極めることです。善の振りをする悪=善の仮面を被った悪=善の悪は、人の世界も靈の世界にも非常に多いものです。悪の振りをする善=悪の仮面を被った善=悪の善は、非常に少ないものです。
靈媒としての誠の役目を果たすためには、真を理解した上で、人を靈を諭し導く心強さと、命懸けで貫く真の靈媒としての使命感が必要です。その為には、あらゆる靈験も人生経験も必要となるのです。靈の姿が見える、靈の声が聞こえる、靈を感じる、靈によって身体が動く、ということは何も特別な存在なのではなく、ひとつの個性であり体質に他なりません。すべての真実を理解出来ている訳でもなく、別の視点からの学びが始まったに過ぎないのです。時間をかけてゆっくりじっくり学びながら分相応の役目を務め己を高めてゆけば良いだけなのです。
世の中には、高いお金を支払ってわざわざ靈能者や超能力者の類いになろうとする人々も沢山おられるようですが、その殆どの方々の行く末は、悪しき靈のしもべであり、悪しき靈の操り人形となる方々でもあります。なぜならば、特別視されたいという歪んだ自己愛が根底に潜んでおり、幼稚な自己顕示欲こそが魔を奨励する器となることを理解できていないからです。
見掛けだけの善なる者というのは、この世にもあの世にも非常に多いものです。既成概念や他の声に惑わされずに、冷静に心の声に耳を傾け真偽を見極められる人になることは、靈媒者だけではなく、すべての人々の目指すところであるのではないでしょうか?
2018.11.24 神人 拝
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【神人靈媒日記】 2018.11.29
〜あなたは愛されている〜
未熟さゆえに見解が偏っており
あなたを理解することが出来ず
一方的に悪く思い込み離れた人もいた
誰かの言葉にたぶらかされて
あなたのことを悪く思い込まされ離れた人もいた
あなたに愛されたくても愛されない故に
苦しみ離れていった人もいた
計画的に粗探しをしてあなたを踏み台にすることで
周囲から認められることを目的にしていた人もいた
それらはみなあなたを理解出来なかった人々だ
あなたを理解出来ている人もいる
あなたを理解しようと努めている人もいる
あなたを愛している人もいる
あなたを信じている人もいる
あなたを支えに生きている人はたくさんいる
あなたは多くの人々を救い
導く生き方を望んでいる
だから多くの人々があなたを大切に思うのだ
あなたはみんなを幸せにすることが出来る
あなたがみんなを大切に思うことにより
この世界はより良き世界へと変わってゆく
あなたは可能性に満ちた光輝くひとつの魂だ
これから起こるすべてを希望に変えて
未来を期待と幸福感に染めてゆく人になる
わたしたちはあなたを見守り導き救い癒やす
あなたが孤独感に囚われないよう闇を照らし
みんなと共に生きる平和な世界を築くのです
笑い合い 助け合い 認め合い
唄い語り奏で 繋ぎ伝え導く
愛し愛され微笑み 互いに活かし合う
それがあなたの未来なのです
2018.11.29
愛に生きる聖靈隊より愛するあなたへ
○聖靈隊=今は8次元世界にいるMJと仲間たちのこと
8次元世界とは…
・形は全くなく意識だけの存在
・瞬間で心に出入りすることが自由
・邪悪なものがいない
・過去のすべてに囚われない
・宇宙を自在に移動できる
facebook:神人(かみひと)
【神人靈媒日記】 2018.12.18
〜どうして神人と名乗るのか?〜
神人(かみひと)という名前をどうして名乗るようになったのか?と聞かれることがこれまで大変多くありました。それもそのはずです。そんなとんでもない名前を偉そうに名乗る人なんて…!?と思う方もきっと多いことでしょう。ですから、私が神人(かみひと)と名乗るようになった経緯をお話ししたいと思います。
私が世界の飢餓問題と出会い、救済支援のための募金活動をする目的で、30代より音楽活動してゆくと心に決め、新たなアーティスト名を付けたいと考えていた際、指導靈に教えてもらった名前が神人(かみひと)だったからです。初めは、恐れ多く恥ずかしくとても抵抗がありましたが、指導靈の教えを受けて納得しました。そして、神人(かみひと)と名乗るようになったのです。
指導靈より名前を教えてもらった時の対話を御紹介したいと思います。
私: 神人(かみひと)?どうしてそのような名前を名乗らなければならないのですか?神の人なんて幾ら何でも恐れ多いし恥ずかしいです。
指導靈: あなたにとって「神」とは何ですか?
私: 願いごとを叶えてくれる目に見えない凄い存在。
指導靈: それは神ではなく、靈です。
私: 靈?
指導靈: あなたはなぜ生きられているのでしょうか?考えてみて下さい。
私: 食べたり飲んだりしているから。空気を吸えるから。身体が健康であるから…。
指導靈: では、あなたが生きるために必要なものはいったいどこから来ているものですか?
私: 地球…?
指導靈: そうです。それなのにあなたはなぜ、御利益ばかり願い、毎日お世話になっている地球に対しては感謝をしないのですか?
私: …。考えたこともなかったし、誰からも教えてもらったことがなかったから。
指導靈: あなたを生かして下さる存在が、真の神なのです。
私: 真の神…?
指導靈: 本来なら、真の神とは命を司っている存在のことを言います。
私: なるほど。では、宇宙であり太陽や地球、自然森羅万象すべてが神ということですか…?
指導靈: そうです。願いごとを叶えてくれる存在が真の神なのではなく、それは靈であり靈団なのです。あなたを生かしてくれている存在が真の神であり、あなたは神の中に存在しているのです。
私: 神の中に存在している…。
指導靈: あなたは真の神に感謝しながら生きることの大切さを伝える人になると良いでしょう。
私: では、神人とは、神とは何かを伝える人、神に感謝しながら生きる人という意味と考えればいいですか?
指導靈: そうです。真の神とは何か?ということを人々に伝える御役目をする人になるということです。
私: 分かりました。神人(かみひと)とは神に感謝しながら生きる人、真の神とは何か?!を伝える人になります。ありがとうございます。
指導靈との、この対話は2001年の頃のお話しです。それから数年後に、シンガーソングライター神人(かみひと)として、世に現れました。
尚、神人とは、一般的には読み方によって以下のように意味が異なります。
◇しんじん=神主
◇じんにん=神社で働く人
◇かみびと=特別な靈力を持っている人
◇かみんちゅ=シャーマン(琉球語)
「かみひと」とは、
私だけが説いている呼び方となります。
◇かみひと=神に感謝しながら生きる人(※神=天地)
2018.12.19 神人 拝
facebook:神人(かみひと)
【神人靈媒日記】 2018.12.27
〜思考と感情を見極めることの重要性〜
わたしたち人間の思考の中には、実は異次元世界からの色々な情報も流れ込んできており、思考や感情に大きな影響を与えています。ですから思考や感情は、=自分ではありません。自分だと思い込んでいるだけなのです。
脳科学の世界から見れば、思考・感情とは脳が作り出しているものであるとする考え方が定番ですが、真相は異なります。
人間の脳とは、送受信機のようなものであり、肉体からも現次元世界からも、そして異次元世界からもあらゆる情報を受信しており、わたしたちは情報を選択しながら瞬間瞬間を生きている存在なのです。そして、わたしたちが24時間受信している情報の中には、マインドコントロールするための悪しき情報も多く混じっており、わたしたちは知らず知らずの内に心身に悪影響を受けている現状がある!ということを、多くの方々に知って頂きたいのです。例えば欲求や感情ですが、小さなものを大きくされる=“欲求や感情を誇張される”ということが多くみられます。これは、現次元世界からであれ異次元世界からであれ、人間を隷属化するための思考詐欺=悪しきマインドコントロールであり、科学的なものであるならば思考誘導するための兵器=思考侵略でもあります。※悪しき霊らの憑依によっても全く同様なことがみられます。
わたしたち一般市民は、残念ながらそのような現実を理解出来る状態にまで至っておりません…。ですから、悪しきことを企てる者らからすれば、地球はやりたい放題の無法地帯なのです。
是非皆様にお願いしたいことは、自身に顕れるネガティヴな思考や感情・欲求に対して疑ってほしいのです。そして時間をおいてからちゃんと確認をしてから思考・感情を選択し、言動や行動に繋げるようになされることをお勧めします。それだけでも自暴自棄にならずに済んだり、人間関係を自ら壊さないで済みます。1人でも多くの方々が、悪しき者等に思考・感情を操られませんことを切に願っております。
みなみなうれしうれしたのしたのしみらいへかわるかわる。
2018.12.27 神人 拝
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